最近「きもい・うざい・死ね」という言葉を良く聞きます。それはいっちゃあなんねぇ言葉で最終兵器的な言葉ですが言ってる本人は言葉の重みや自分の深層心理などに気がついてない気がします。
それとなく誰にでも言いたくなる人は自分の中の攻撃性か自己顕示欲に気がついてほしいいです。子どもなら①言葉の意味を把握せず使ってる②周りの大人から相手にされず、悪いことをしたときだけ叱られる為に振り向いてもらえる子のコミュニケーションツール(これしか方法を知らない。もしくは、とにかく振り向いてもらえるから)③ストレスの発散法(いい子に育てられすぎた子が自分のバランスを取る時にポツリと言ったりします)④コミュニケーション不全・・・どれかな気がします。
まずは大人が意味を教えなくてはなりませんし・・・他の原因なら根気良く話を聞こうとしなくてはなりません。得てしてこういう子は自分の心を吐露するのがかなり下手です。
大人なら知識不足かコミュニケーション不全(テレビなどの真似も含む)でしょう。歯止めが利かないとかなら一部の方はかなり重度の精神疾患の場合もあります。もしくは不幸で自分は気がついてないけど潜在的自殺願望者か・・・(精神疾患や自殺願望者が全てこうなるわけじゃない!)。中には人に「死ね死ね」言っててカウンセリングを受けた結果「死にたいが怖いので変わりに誰かに死んで欲しかった」という人もいました。代替行為というやつです。
まぁ幸せな人にこういうことを言う人はいません。言いたくなったり、言ってるなら黄色・赤信号なので誰かに相談に乗ってもらうか、自分と向きあって見ましょう。
人はずっとそれらの言葉を言われてるとウツになりやすくます。暗示みたいなものですから。言ってる人も麻痺してきますし、言い返されないと相手を自分の所有物に思えてきます。また言う相手も言い易い相手になるので厄介です。
私の見地から言いますと「人に冗談でも死ねと言う権利はありません」です。(ただ犯罪被害者が加害者に死刑を望むのとは根本が違うのでそれは除外ですが。)「死にたい」は言ってもいいと思います。でも「死ね」は言ってはいけない言葉でその言葉を言うなら責任を持つことが出来る状態で使うべきです。
責任といっても「俺言ったよ」ではなく、それで人が死んだ場合も含めてです。言葉は人を殺します。これは明らかな殺意ととられても仕方ありません。「死ね」と言う言葉は軽い気持ちで言うものではないのです。
人が生きてるのに理由なんてないと思います。人に多大な迷惑をかけず犯罪に走らなければ上等です。「きもい・うざい・死ね」は犯罪並みにいってはならない言葉です。
出来たらこのブログを元にみんなで話をして「言っちゃあいけない言葉」を再確認して欲しいです。
この前「死ねと裏サイトに書かれて自殺した高校生」のニュースが流れました。きっと書いた子は「こんなに大きな事になるとは思わなかった」と思ってると思います。過激な言葉を書けば振り向いてもらえる・・・とかく子もいます。それには大きな人の命と自分の背負う十字架とリスクがあると考えられない人が多すぎます。
だから考えて欲しいです。自分を大切にして欲しい。自分を大切に出来るのは自分だけです・・・。
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